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1986年、全日本大学オーケストラ大会は、各大学のオーケストラに活動助成金を授与することを目的の一つとして「コンクール形式」でスタートしました。しかし、「コンクール形式」を敬遠したためか、予想に反してエントリーが少なく、出場団体はわずか3団体、第2回は7団体でした。そこで、第3回大会より「演奏活動の広がりを助け、全国の大学オーケストラに最高の交流の場を提供する」という目的に一層近づくよう、出場団体の順位付けを無くし「大会形式」に変更しました。その結果、年を追う毎にエントリー大学は増加、第17回までは地域が偏らないよう規定数を定めた上で、抽選で出場団体を選出するようになりました。 |
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| 唯一、関東から離れた会場で開催された第10回記念大会は、図らずもその年の1月に、震災で大きな被害を受けた神戸でした。復興を祈念し、これまで各大学へ授与されていた参加賞、講評委員会賞などの助成金は、各団体の賛同を得て、神戸市教育委員会へ寄付させていただきました。
大会オープニングを飾るファンファーレ、ホール外でのアンサンブル、そして学生スタッフによる運営サポートなど、さまざまな企画が生まれました。そして有志による特別編成オーケストラ【合同演奏】もこの神戸大会をきっかけに誕生し、その後大きな発展を遂げました。 |
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第17回大会では中国より清華大学学生芸術団交響楽団を招聘、国内のみにとどまっていた音楽交流の場が、更に一歩拡大しました。 そして最終大会の第18回大会では、初めて海外から指揮者を招聘。その優れた指導と世界最高のオーボエの音色で名高いハンスイェルク・シェレンベルガー氏による合同演奏が実現しました。 |
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| 大会実行委員である佐藤功太郎先生と小松一彦先生のご協力をいただき、1997年より東京や大阪で学生指揮者対象のクリニックを開催しました。本格的な指揮法を学ぶ機会の少ない学生にとって、とても貴重な体験となりました。 |
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| 大会の宣伝とアンサンブルの発表の場を提供する目的で、新宿高島屋やJR東京駅構内などでアンサンブル・イベントを企画。慌ただしく行き交うお客様もふと足を止め、学生の熱演に注目されていました。 |
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| 合同演奏と並んで「オケ大」名物ともいえるのがアンコール『ラデツキー行進曲』。参加者も、お客様も、一緒に音楽を創りこの大会を締めくくります。 |
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1998年には、合同演奏参加者や運営スタッフ経験者を中心とした「オケ大OBオーケストラ」とも言える Drei-O Philharmoniker が発足しました。 |
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