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アメリカ吹奏楽事情

2月17日。この日のロチェスターは雪、気温も氷点下で突き刺すような寒さである。
いよいよハンスバーガー博士とのインタビューをすることになった。前もって何を聞いたらよいのか? いろいろと資料を読んだり、前日にはイーストマン音楽学校に併設されているシブリー音楽図書館に新たに設置された、イーストマン・ウインド・アンサンブルの展示室(Eastman Wind Ensemble Room)*を見学し、改めてこのアンサンブルについての予習をした。(つもりでいる)
インタビューを行った場所は普段イーストマンの学生が食事をしたり、歓談をするいわゆる学生ホールで、スペースは広くソファーとテーブルが整然と並べられているところで、壁はガラス張りになっており、外からの光を十分に取り入れられるように工夫がされていた。
この日の午前中に行われたハンスバーガー博士とのインタビューは、大変に密度の濃い有意義な時間で、それはまるで吹奏楽の歴史をひもとく時間のようだった。また博士は、とても話をするのが好きなようで、私の質問ひとつひとつに対してとても丁寧に答えていただいたが、時として話が膨らみすぎて「さて、この話の質問内容はなんだっけ?」と聞いている私がわからなくなってしまい、困ってしまったのである。しかし、インタビューはすべて録音されていたのでご安心を。
さて、その内容はこれからじっくりと読んでいただくことになるが、所々補足が必要と思われる部分については「*」を付け、その質問の下に加筆したので併せて読んでいただきたいと思う。
* Eastman Wind Ensemble Room入り口
この部屋は、シブリー音楽図書館の一角に位置し、我々が訪れた時はフェネル時代を振り返る演奏会の歴史、録音物や当時の楽譜などが展示されていた。一定の期間によって、その展示内容を変えている、いわばEWEの歴史を振り返るための部屋と言える。



T:まず始めにイーストマン・ウインド・アンサンブル(以下EWE)の基本的な考え方について伺いたいと思います。博士の考えるウインド・アンサンブルに対するお考えを教えてください。


DH:

これは、EWEというよりも、今日のウインド・バンドという観点でお話をしたほうがいいでしょう。今日のウインド・バンド全般の活動は、フレデリック・フェネル博士が最初にここで始めた1952年の時とは変わりました。私がウインド・アンサンブルについて説明するとき、*「ウインド・バンド・アンブレーラ」(ウインド・バンドの傘)というものを用いています。この傘は2つのパートに分かれていて、1つは「固定された編成」、これはブラスアンサンブル、ブラスバンド、コンサートバンドなどのことです。コンサートバンドの場合は団体によっては、クラリネット、フルート、などで多少の人数の変動がありますが、基本的にはどちらのパートも人数が多いことと、極端に変動することがないのでこの部類に入ります。
*ウィンド・バンド・アンブレーラ

もう一つは「フレキシブルな編成」と呼んでいますが、これは、作曲家、編曲家などが指定した編成にしたがって組まれるものでウインド・アンサンブルはこの部類に入ります。今までの伝統的なバンドというのは大勢の人数で演奏をするというスタイルだったので、どのような曲をやっても基本的な音の違いというのはありませんでした。
ウインド・アンサンブルの場合は、シンフォニックバンド、コンサートバンドよりもよりダブルリードの楽器、オーボエやバスーンの響きをもっと有効に使うことができると思うのです。シンフォニックバンドの場合だと、クラリネットが10人とか多いときでは20人ちかい人数で一斉に音がでるので、ダブルリードの音がかき消されてしまうのです。といってもクラリネットが金管楽器のように大きな音を出すわけではないのですが。(笑)ですから、ウインド・アンサンブルでは、セクション全体としての響きよりも一人ひとりの音、ソロ的な音というものがより大切になると私は考えています。私が最近思うことは、伝統的なバンドのスタイル、コンサートバンド、シンフォニックバンドのような70、80人の大きな編成で奏でる音色というよりも、室内楽からヒンデッミットの交響曲までを網羅できる柔軟さや音色を追求していきたいと思っています。



ハンスバーガー博士がこういった基本的なウインド・アンサンブルのコンセプトを説明するときに使うもので、イーストマン・ウインド・アンサンブルの創設40周年を記念して出版された博士の著書、The Wind Ensemble and Its Repertoire - Essays on the Fortieth Anniversary of the Eastman Wind Emsemble (University of Rochester出版)という本がある。上記の内容はこの中で詳しく述べられている。

T:ウインド・アンサンブルとシンフォニックバンドまたはコンサートバンドの違いであるとか、定義を具体的にするのはむずかしいと思うのですが、これについての考え方というのは...?

DH:基本的な考え方は先程もお話をしたとおりですが、私は*フレデリック・フェネル博士が1952年の秋から62年まで、クライド・ローラ博士が1962年から65年まで、そして私が1965年から後を引き継いで今日まで活動をしてきましたが、当初の基本的な考え方は変わっていません。編成は基本的にほとんどのパートで1パート、1奏者という原則です。

(実は、この質問に対する博士の答えの途中、この学生ホールはお昼のBGMを自動ピアノの演奏で流すとのことで係の人が来て、インタビューは一時中断、ここで話が脱線することになる)
そこで出た話は博士のイーストマン・ウインド・アンサンブルの指揮者に着任する前の活動についてでした。

DH:イーストマンに来る前は、アメリカの海兵隊バンドにいました。(United States Marine Band) そこに私は6年間在籍することになるのですが、最初の4年間はトロンボーン奏者として、最後の2年間は海兵隊バンドでは初めての*スタッフライターとして働き、在籍中にはおよそ60曲ほどの作品を書き、(すでに彼は高校時代から吹奏楽のための曲を書いていたそうです)これらの作品を実際に海兵隊バンドの演奏で聴き、どれが良くてどれが悪いのかということを学んだのです。それから海兵隊バンドでは、非常に個性のある独特の「音」というものがありました。これらは、海兵隊バンドの演奏活動を通じていろ学んだ事です。そこで気になったことは、クラリネットの硬くて、キーンとなる音でした。私はこの音が好きにはなれなかったです。

そしてイーストマンに戻ってからは、まずレパートリーの研究をすることから始めました。これは、室内楽からオーケストラまでのさまざまな形のものです。吹奏楽では例えば、当時のニューヨークの作曲家、パーシケティー、ウイリアム・シューマン、ジャンニーニたちは、ゴールドマンバンドのために作曲をしたり、編曲をしたりしていた。また、当時フレデリック・フェネル博士はこういった作曲家の作品もレコーディングしていますが、ほとんどの曲はコンサートバンドのために書かれたものばかりでした。つまり、この時はまだ伝統的なスタイルがきっちりと存在していたということと、どれも変化のない似通ったものが多かったわけです。(これは、作品の評価ではなくバンドとしての音「博士はトーンクォリティーと言っています」がどれも似ているということです)
その後、「プラハのための音楽1968」、シュワントナーなど新しいレパートリーが出てくるのですが、これらの新しい曲は今までの伝統的な曲とはまったく性質の異なるもので、私はこれが正に今後ウインド・アンサンブルの行くべき方向ではないかと、当時思いました。
(話はここで戻ります)
当時は、私たちの活動について大きな誤解をもたれていました。つまり、人数を減らしただけのものではないのかと。伝統的なコンサートバンドの編成は、例えばクラリネットは1パート3、4人、ホルンとかサクソフォンは1パート2人というダブルパートという考え方が一般的だったので、わたしのようなオーケストラ的なアプローチ、編成であるとか個々の奏者の技術や音作りによるアプローチの仕方は、伝統的なバンドのアプローチの仕方をしていた人達には理解されませんでしたし、当時はオリジナル作品とオーケストラ作品からのトランスクリプションを演奏することに多くのディレクターは満足をしていたのです。ですから私の疑問というのは、「どうしてそんなに大きな音で吹くのか?」ということです。つまり音楽的ではないということなのです。

*この質問の後、博士からの補足で3人の専門とする楽器についてそれぞれ、
フレデリック・フェネル博士は打楽器奏者
クライド・ローラ博士はオーボエ奏者
ハンスバーガー博士はトロンボーン、ユーフォニウム奏者
という話がありました。
*ミリタリーバンドでは、特に編曲が必要な作品をスタッフアレンジャーという専門のスタッフが書き直したり、修正をしたりします。


T:今回の日本ツアーについて伺いたいと思います。まず、このツアーのためのオーディションはどのように行われたのでしょうか?

DH:あらかじめ「日本ツアーのオーディーション」を行う告示をしました。このツアーのバンドで受ける資格があるのは、大学3年、4年生と大学院生です。大学1、2年生は受けられません。そしてオーディションの曲は今回のツアーでも演奏されるグランサムの「ファンタジー・バリエイションズ」の中から各パートに適した部分をオーディションの時に指定をして吹かせました。


T:他には?

DH:その他には、レガート、スタッカートなどあらゆる奏法を吹かせました。これらの選曲はオーディションを受ける学生の自由な選択に任せていました。例えば、トランペットなら「Charlier」(シャーリエ)からの抜粋であるとか、トロンボーンなら「コープラッシュ」とかという具合に。


T:演奏者を選ぶにあたって、どのようなところを一番考慮したのでしょうか?

DH:このオーディションのジャッジをしたのは、私のアシスタントなどを含めて何人かいましたが、私たちの中でもっとも重点をおいたのは、レガート奏法がしっかりできているかということでした。これは、今回のプログラムにとても関係していることなんです。それに、オーディションの曲を初めから学生に自由に選ばせると私たちの望んでいる方向から反れてしまうからです。例えば、チューバの学生は皆、ヴォーン=ウイリアムズのチューバ協奏曲を吹きたがる。あの高い音域のパッセージを。(笑)でも、わたしにとって、彼らがどれだけ高い音が出せるかということではなく、低い音がどれだけきれいに出せるかというということの方がより重要なのです。なぜなら、チューバに関してはほとんどの演奏プログラムでそれだけ高い音を書いている曲がないからです。

T:打楽器の奏者にはどのような方法で?

DH:打楽器の奏者には「ファンタジー・バリエイションズ」という具体的な曲からではなく、基本的な打楽器の奏法をやってもらいました。それは、スネアドラム、バスドラムに始まってありとあらゆる打楽器を演奏してもらいました。例えばスネアドラムなら、1つ打ち、2つ打ち...というふうにです。今回のツアーでも、とても優秀な奏者がそろっています。

T:やはり、コンサートに来られるお客さんのことも考えるということですね?

DH:そうです。ですから今回は、エンターテイメントあり、チャレンジあり、というように聴くほうも、演奏するほうどちらもが納得してもらえるようにと考えているのです。

T:2人のソリストと共演することになりますが?

DH:とても楽しみにしていますよ。須川さんは世界的にも大変有名なサクソフォーン奏者です。今度のツアーでは、須川さんから2曲ほどリクエストがあり、1つは今回演奏予定のトマジの協奏曲、もう1つは私も希望していた曲だったのですが、難しすぎることと他のプログラムとのバランスを考えて断念しました。小曽根さんも、ジャズピアニストとしてもちろんアメリカでも活躍されている人です。今回選曲をするにあたっては、やはり小曽根さんがジャズを中心に活動されているから、それに合ったものを考えなければならない、もちろん、イーストマンには優秀なジャズバンドや奏者がいますが、今回のツアーのメンバーは、クラシックを専門にしている学生が多いことと、アンサンブルがビックバンドとか、ボストンポップスのようになっても困る。つまり単なるエンターテイメントになってしまうことです。そこで、小曽根さんとはガーシュウィンの第2ラプソディーを演奏することになったのです。ガーシュウィンならば誰もが知っている音楽ですし、親しみやすい曲ですし。今日はこの後、小曽根さんと初めてお会いすることになっているので楽しみです。


T:日常の活動について伺いたいと思いますが、博士のイーストマンでのお仕事について教えてください。

DH:私は、音楽学部の責任者として全体の統括をすることが日常の仕事になります。オーケストラ、室内楽、ウインド・アンサンブルなどをはじめとして全てのグループの活動を円滑にできるようにコーディネイトします。

T:指揮法なども教えていらっしゃるのですか?

DH:ええ、もちろん教えていますよ。

T:それは、個人的にレッスンのような形でですか?

DH:そうです。私の場合は、1対1です。イーストマンには2つの指揮法のコースがあって、1つは「ベーシック・コンダクティング」のクラス、これは、*私が書いたテキストを使って指揮の基本的なことをデモンストレーションするクラスで、もう1つは「アドバンス・コンダクティング」のクラスです。これは、大学院で指揮法の博士課程にいる私のアシスタントに見てもらっていて、このクラスは実習が中心になります。

*ハンスバーガー博士著書のタイトルは The Art of Conducting -Second edition.
(McGraw-Hillからの出版)

T:あなたの学生がコンサートで指揮をするチャンスというのはあるのですか?

DH:もちろんありますよ。イーストマン・ウインド・オーケストラという1、2年生のバンドがあるのですが、毎回コンサートがあるたびに指揮を学生と分担してやります。今2人の学生が学んでいますが、1人は1年目の学生、もう1人は2年目の学生で、近々行われるコンサートでそれぞれ室内楽の曲とアイルランドの民謡を題材にした曲を振ってもらう予定なのです。

T:博士はよく吹奏楽のためにいろいろな曲を編曲なさっていますが、どのような動機や観点で編曲をしているのでしょうか?

DH:まず、純粋に吹奏楽のレパートリーをもっといろいろな形で増やしていきたいと思っています。やはり、コンサートで同じ曲を何度も繰り返し演奏するだけでは聴く方も演奏するほうも飽きてしまう。つまり、いろいろな吹奏楽のサウンドを変化あるプログラムを組むことによって出せたらと思っているのです。もう1つはトーンカラー、音色です。トーンカラーについては、まだまだいろいろな形で発展する可能性があると思うのです。

例えば、バッハのオルガン曲。これをオルガンで聴くとたくさんの倍音が聞こえます。本当にきれいな音です。これは、オルガン独特の響きというのもあるのですが、「もし、これをウインド・アンサンブルでできたら」と思ったのです。そこでウインドアンサンブルに書き直すにあたっては、トランペットならば、コルネットともう1つ、フリューゲルホルンを加えれば、3つの違ったトーンカラーを作ることができますよね?このようにいろいろと試行錯誤をして書き方を工夫してみたり、使う楽器の編成を替えてみたりするわけです。

T:それから、みなさんが聴きたい! と思うものというのも、これは単純な動機ではありますが、大切なことですよね?

DH:そのとおりですね。


T:日本のバンドの印象はいかがですか?

DH:本当にレベルの高さには驚きます。とくに中学生レベルの技術的な進歩には目を見張るものがありますね。

T:日本へ行かれること、待ちどおしいですか?

DH:もちろん!今回で日本へは14回目の旅になりますが、毎回日本で多くの人々との新たな出会いが楽しみですし、いつも長い時間飛行機を乗り継いでロチェスターまで丸1日かかりますが、家に着いた後でも毎回の旅の興奮は冷めないのです。それから、いつも思うことですが、日本のみなさんからの私たちのコンサートに対する熱狂的な反応やみなさんの親切をとてもうれしく思います。これは、イーストマン・ウインド・アンサンブルが日本へのツアーを続けているひとつの大きな理由でもあるのです。そして、今回もたくさんの人々と新たな出会いができることを楽しみにしています。

あと、もう一つの楽しみは日本の食べ物です。とても新鮮でおいしいし、大好きですよ。(笑)


T:読者のみなさんにメーセージがありましたらお願いします。

DH:毎回のことになりますが、今回のツアーを通じて、再び日本でみなさまにお会いできることをとてもとても楽しみにしています。

T:今日は本当にありがとうございました。ツアーでの演奏を楽しみにしております。