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第24回 齋藤秀雄メモリアル基金賞

(左から)東条碩夫委員、吉田純子委員、高関 健委員、熊倉 優氏、山澤 慧氏、堤 剛委員、水野道訓[ソニー音楽財団理事長]

公益財団法人ソニー音楽財団は、第24回(2025年度) 齋藤秀雄メモリアル基金賞 チェロ部門受賞者を 山澤 慧(やまざわ・けい)氏、指揮部門受賞者を熊倉 優(くまくら・まさる)氏に決定いたしました。

賞について

受賞者
山澤 慧(チェロ)
熊倉 優(指揮)
永世名誉顧問
小澤征爾 氏(指揮者・故人)
選考委員

<選考委員長>
水野道訓(ソニー音楽財団理事長)

<永久選考委員>
堤 剛 氏(チェリスト)

<任期制選考委員>
高関 健 氏(指揮者)
東条碩夫 氏(音楽評論家)
吉田純子 氏(朝日新聞 編集委員)


賞金 当該年毎に1人500万円(総額1,000万円)

贈賞の言葉

永久選考委員 堤 剛
山澤 慧 氏へ「贈賞にあたり」
永久選考委員 堤 剛

最近の山澤さんの活動、活躍振りを見ていると20世紀後半に活躍されたドイツ人チェリスト、ジークフリート・パルム氏を思い出します。氏は素晴らしいチェリストとしての演奏活動に加え、現代チェロ作品のパイオニアとして大きな足跡を残されました。クセナキスの「絶対に演奏不可能」と言われた作品を見事に演奏しただけでなく、芸術作品として立派に花を咲かせたのです。次々に新しいテクニックを開拓し、チェロの楽器としての可能性を常に追求して多くの作曲家達に刺激を与え、レパートリーを拡げる事に貢献をされました。その恩恵たるや真に大きなものがあります。

 

山澤さんはパルム氏が切り拓いたチャレンジ精神を引き継がれているように思われます。常に新しい可能性を追求され、今迄誰も考えつかなかったような技術を編み出し、そのためのクラスまで開かれています。でも山澤さんの凄い所は、その真新しいとも云えるテクニックを完全にマスターして自分のものとし、それを演奏の中に生かして自分自身の言葉として表現されていることです。ですからそこには目新しさだけでなく、一つの芸術品が皆の前に提供されているのです。例えばどのような種類の音色を作り上げてもそれが全く違和感がなく、美しささえ感じさせて呉れます。

 

しかも積極的な作品委嘱などを通じてチェロのレパートリーの拡大に寄与されているのです。特に邦人作曲家の作品に対する山澤さんの暖かい共感性、深い理解度、並外れた洞察力にはただただ感心するのみです。それ故作曲家からの信頼度は真に厚く、大きな刺激となって新しい優れた作品がどんどん生まれてきています。私はその点に関して故ロストロポーヴィチ氏の言葉を忘れることが出来ません。氏は「どんなに作品が難しく多大な苦労、大変な練習を強いられようともその作品を書いてくれた作曲家に感謝しなくてはなりません、チェロの可能性とレパートリーの拡充に大きな貢献をされているのですから」と仰っておられました。

 

でも山澤さんは現代作品に特化されている訳ではありません。バッハを始めとするスタンダードレパートリーの演奏にも実力を余すところなく発揮され、幅広さを備えたチェリストとしての活動を立派に続けておられます。「お見事!」という他にありません。加えて藝大フィルハーモア管弦楽団の首席奏者や千葉交響楽団の契約首席奏者として重責を果たし、アンサンブル奏者としての活動も立派にされておられます。真に頼もしく感じると同時にこれからもっともっと種々の可能性を私達に披露してくれることを期待し、楽しみにしております。
 

【贈賞式でのスピーチ】

私は最初、小澤征爾先生と共に永久選考委員を担っておりましたけれども、その後私一人残されてしまいました。でも、このような形で再び素晴らしい方を選ぶことが出来たというのは、私にとりまして本当に嬉しいことで御座います。山澤さん、おめでとうございました。「贈賞の言葉」の選考理由にも書かせて頂きましたけれど、本当に山澤さんの最近の活動ぶり、特に現代音楽に関しての彼の貢献の大きさは、同じ楽器を弾く私達にとって本当に素晴らしく思います。一昔前ドイツ人のジークフリート・パルムという方がいらして、「え、チェロでもこんなことが出来るのか、こういう凄いことが出来るのか、チェロの可能性って素晴らしいな!」と当時ものすごく感心したのを思い出しました。山澤さんが切り拓いていらっしゃるチェロの新しい世界、チェロのレパートリーを広めることへの貢献、そのような意味で、私はこの齋藤秀雄メモリアル基金賞にとってこれほど相応しい方に受けて頂けるというのは本当に有難いことだと思っております。
 

齋藤秀雄先生という方は、大変な困難がありながらも、色々な新しいことを始められ、それから多くの素晴らしいものを日本の音楽界で作り上げ、特に新しいチェロの世界を切り拓くことを体現された方ですし、ソニー音楽財団の初代理事長であられた大賀典雄さんも、それまでになかった新しいものを造り出してそれを大きく開花させ、世界中に広めていった方です。山澤さんがそのようなものを彼の活動をを通して体現していらっしゃることは、私もコリーグとして本当に嬉しく思っています。
 

最近は、日本の音楽界のレベルが高く評価されています。それは個々の演奏家の素晴らしさでありますし、加えて日本のオーケストラののレベルは今や世界的だとも言われておりますけれども、日本の音楽文化のさらなる充実のためには、創造活動を含めた色々な面で、幅広く蓄積されたものと活発な芸術活動が一体となることで、「あぁ、これほど素晴らしいものが日本にあるのだな」という事を国際的にも認められるのではないかと思います。山澤さんは現代音楽に特化されているわけではなく、バッハもベートーヴェンも含めた非常に幅の広いレパートリーを持った演奏家でいらっしゃいます。加えてオーケストラの首席奏者としてのアンサンブル活動も素晴らしく、そのようなことを踏まえた全人的なチェリストだと申し上げても良いのではないかと思います。今回は本当におめでとうございました。

選考委員 高関 健/東条 碩夫/ 吉田 純子
熊倉 優 氏へ「贈賞にあたり」
選考委員 高関 健/東条 碩夫/ 吉田 純子

指揮界でも近年、才能あふれる若い世代が続々登場、国内だけでなく国際的に活躍しておられる様子を拝見して、とても頼もしく感じています。その中でも熊倉優さんのご活躍は群を抜いているとして、この度の贈賞となったことを心から喜ばしく思います。

 

熊倉さんの指揮を詳しく拝見した2018年の東京国際指揮者コンクールでの印象は鮮やかでした。音楽的にとても自然で、動きもわかりやすく、内に持っているイメージがオーケストラによく伝わっていく。素晴らしいと思いました。その後テレビ放送でイザベル・ファウストさんの独奏、N響を指揮されてシマノフスキの第1ヴァイオリン協奏曲の演奏を拝見しましたが、指揮者にとっても難曲であるこの協奏曲を、オーケストラをよくコントロールしながら、ソロに誠実に寄り添いながら進めていかれる様子にとても感銘を受けました。その姿勢は小澤さん、秋山さん、飯守さんから連なる齋藤先生の系譜を最も正しく受け継いでいらっしゃると深く感じます。その意味でも齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞されるにふさわしいと考えます。

 

熊倉さんはその後ドイツに渡られ、現在はハノーヴァー州立歌劇場において第2カペルマイスターの重責を担い、今シーズンも多くの演目で45公演近くを指揮されるそうです。日本国内でのご出演がまだ少ないのはドイツでの大活躍のためと想像しますが、テレビなどで時々拝見するコメントや曲目解説での語り口も実に的確です。今後オペラとシンフォニーと両方の分野で、やがては音楽界全体を牽引するスケールの大きな演奏活動が期待されます。熊倉優さんのご活躍を心より応援致します。
 

【贈賞式でのスピーチ】(高関 健選考委員)

熊倉さん、おめでとうございます!
指揮者というのは、自分でやっていてもどういう商売なのか、相変わらずわかっていないところがあります。守備範囲が広いと言いますか、例えばシンフォニーを専門にやったり、それからオペラをやったり、バレエをやったり、色々な役割があります。熊倉さんの場合は、留学された後にハノーファー州立歌劇場の第2カペルマイスター、という重責を見事に務めてらっしゃいます。オペラの指揮者は楽譜だけを追いかけているわけにはいきません。テキストの内容もよく把握し、歌い手さんをはじめたくさんのスタッフの方々と実際にやり取りをしながら、一緒に作品を作っていくわけで、当然のことながら語学力が非常に要求されます。ただ音楽だけを追いかけているだけではとても務まらない、なかなか複雑な商売だと思います。
 

最近になって、若い世代の才能ある指揮者が現れて、みんなで期待しているのですが、熊倉さんのように一流の歌劇場の専属指揮者として、ドイツの社会の中で活動されるというのはなかなかできることではなくて、私たちのような、どちらかと言えば楽譜ばかりを追いかけている人間から見れば、本当にすごい、非常に尊敬すべきことと思っています。今もお会いしてお話ししてわかりましたが、ドイツの社会のなかにしっかり入って生活をしながら、彼らと一緒に演奏活動を続けていくということは、一筋縄ではいかないこともたくさんあると思うのですが、まったく恐れずに見事に務めてらっしゃるというところが、本当に素晴らしいと思います。
 

熊倉さんの演奏を最初に聴いたのは民音コンクールで、本選でドボルジャークの交響曲第7番を指揮されて、とても良かったんですけれども、ちょっと振り方が固いかな、とあの時は思いました。その後、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番をイザベル・ファウストさんのソロ、N響との演奏をテレビで拝見して、すいぶん丸くなったと思って、楽しませていただきました。現在はドイツで劇場に張りつい…先ほど伺ったところでは、今年はハノーファーで55回公演を指揮されるということで、なかなか帰国される機会がないと思いますが、いずれ日本に戻られて、シンフォニーとオペラと両方で活躍されることは間違いないと思っています。その意味でも次の世代を確実に引っ張っていける実力をすでにお持ちであると思いますので、年老いた私たちとしてはとても期待して、あてにしているところです。皆さんも、熊倉さんが日本で演奏される機会を見つけたら、ぜひ今のうちから追っかけて、どれぐらいすごいのかをよく見て、知っていただけると良いと思います。必ず素晴らしい指揮者になります。おめでとうございます。頑張ってください。

受賞の言葉

山澤 慧
山澤 慧

この度は、齋藤秀雄メモリアル基金賞にご選出くださり、誠にありがとうございます。
身に余る光栄ではございますが、これまで自分の信念を大切にしながら、地道に音楽活動を続けてきた歩みを評価していただけたものと受け止め、心より感謝申し上げます。

 

私の人生にとって幸運だったことは、齋藤秀雄先生が創設された「子どものための音楽教室」において音楽の基礎を学ぶ機会を得たこと、そして何より、自分の専門の楽器としてチェロを選んだことです。はじめはひばりヶ丘に、その後は仙川に通ったことを懐かしく思い出します。そこで学んだ、チェロでフレーズを弾く前に自分の声で歌ってみることや、アクセントのさまざまな形などは、齋藤先生が常におっしゃっていたことだったのだと、後になって気づきました。

 

その後、藝高、藝大へと進み、学生として最後の二年間は、齋藤先生の愛弟子であった山崎伸子先生に学びました。山崎先生からは、チェロのことのみならず、演奏家として、また人間としての在り方についても多くのことを学んだように感じています。身体の使い方について悩んでいた私に対し、さまざまな試行錯誤を重ねながら向き合ってくださったその姿勢は、齋藤先生の在り方と重なるものを感じました。

 

卒業後、自分はどのようなチェリストになりたいのかを、深く考えるようになりました。
日本現代音楽協会主催の現代音楽演奏コンクール“〈競楽”〉で優勝したことを一つのきっかけとして、近現代に書かれた作品の演奏に積極的に取り組むことを決意しました。以来、20世紀以降に書かれた無伴奏チェロ作品を中心としたリサイタルや、邦人作曲家による作品を集めたリサイタルを、自主的に続けてまいりました。
演奏活動を続ける中で、一年間フランクフルトに滞在し、現代音楽アンサンブル「アンサンブル・モデルン」のチェリストに学ぶ機会を得ました。しかし振り返ってみると、そこで得たことも、これまでに教わってきたことと本質的には地続きのものでした。すなわち、古典も「現代音楽」も変わらず、一つ一つの音に意味を持たせること。それは、齋藤先生の理念に通ずるものだと感じています。

 

齋藤先生が亡くなられる年、広島での講義において、先生は「人間は意志をもって、自分の特徴を生かすことを考えねばならない」とおっしゃいました。自分がもしチェロ界に貢献できることがあるとすれば、ロストロポーヴィチ氏や堤剛先生といった先人が委嘱し、初演してきた作品を演奏し続けること、そして自分自身もその歴史につながる存在として作曲家に委嘱を行い、100年後のレパートリーとなる作品を生み出す手助けをすることだと考えています。
齋藤先生には到底及びませんが、これからも熱意をもって音楽に取り組んでいきたいと思います。

 

【贈賞式でのスピーチ】

この度は、栄えある齋藤秀雄メモリアル基金賞にご選出いただき、誠にありがとうございます。受賞にあたりまして、ソニー音楽財団の皆様、選考委員の皆様、それからこれまでご指導くださった先生方、共に音楽活動を続けてきた皆様、そして何より家族に心から感謝を申し上げます。
 

齋藤秀雄先生が広島で行った最後の講義の時に、このような言葉を残されました。
「人間は意志をもって、自分の特徴を生かすことを考えねばならない。」
この言葉を胸に、私はこのチェロという楽器で何ができるのか、チェロの可能性というものを常に考えて、これまで活動してまいりました。
 

今の私のライフワークの一つとして、20世紀以降の作品を演奏していくこと、紹介していくこと、そして新たなレパートリーを切り開くべく、作曲家に作品を委嘱するという活動を続けています。そうした地道な活動ではありますが、それを見てくださる方々に恵まれ、これまでに様々な素晴らしい機会をいただいてきました。例えば、堤剛先生が 80歳を記念されるコンサートの時に、サントリーホールの大ホールの舞台の真ん中で、無伴奏チェロ曲、細川俊夫先生の 「線II」を弾かせていただくという機会に恵まれたり、ロストロポーヴィチのために書かれたルトスワフスキのチェロ協奏曲、それからジークフリート・パルムが初演したリゲティのチェロ協奏曲といった、20世紀の重要なチェロ協奏曲をオーケストラと演奏するという機会にも恵まれました。
 

そうした20世紀後半の作品や新しい作品というのは、ちょっと変わったテクニックが求められることがあります。それゆえこの山澤というのは器用な人間だな、と思われることも多いのですが、実際には全くそんなことはなくて、むしろ不器用な人間だと思っています。東京藝術大学の学生時代は、色々なことがなかなかできなかったり、悩んでいたりした時期でありました。そうした技術的な悩みに加えて、将来的な悩みもあった藝大の大学院での2年間は、齋藤先生の愛弟子でいらっしゃった山崎伸子先生に師事しました。山崎先生は本当に熱意をもって、愛情をもって接してくださり、人間的にも音楽的にも多くのことを学んだように思っています。やがて私も教える側になり、齋藤先生や山崎先生には遠く及びませんが、自分なりに熱意をもって教えるということに向き合っていきたい、と考えています。そして、教えるという活動や室内楽、オーケストラを通して、様々な若き演奏家と時間を共にすることで、私自身も色々なものを与えていただいて、本当に少しずつですけれども、日々成長していっているように感じています。それも全て、幼少期に学んだ桐朋学園の子どものための音楽教室から東京藝大の大学院を終えるまでの学生生活の中で、様々な先生方が、自分で悩み、自分で様々なことを試して、自分で考えるという力を育んでくださったからだというふうに考えています。
 

この後演奏しますドメニコ・ガブリエリのリチェルカーレという作品ですが、バッハの無伴奏チェロ組曲よりも30年ほど前に書かれた、最も古いチェロ曲の一つだと言われています。このリチェルカーレには元々探求という意味がありまして、まさにリチェルカーレの1番というのは何かを探し求めているような、そんな音楽から始まります。このガブリエリの時代から現代に至るまで、多くの作曲家がチェロで何ができるのか、ということを探し求めてきました。そして生まれた作品一つ一つに、これからも丁寧に向き合って精進し続けたいと思っております。今回の受賞を励みに、これからもますます精進していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。

熊倉 優
熊倉 優

この度は齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞させて頂くことになり、大変光栄に思うとともに、まだまだ駆け出しである自分の活動に注目し、賞を与えて下さったソニー音楽財団の皆様、選考委員の皆様に心より御礼申し上げます。また、私がこの身に余る賞を頂けたのは、直接教えをいただいた先生方はもちろんのこと、様々な現場でご一緒した皆様、いつも支えてくださっているマネージメント、そして家族のおかげです。心から感謝申し上げます。

 

桐朋学園で学んだ自分にとって、齋藤先生は、偉大な先輩方を通じて逸話を耳にしたり、お名前を聞くだけでなんだか身が引き締まるような存在でした。指揮者という存在にただ漠然とした憧れを抱いていた自分が大学に入り、齋藤先生の「指揮法教程」を通じて指揮を学び始めたとき、指揮にはこんなに色々な技術があるのかと感動すると同時に、言語化された技術を理解し自分のものにする難しさを実感しました。そして、実際にオーケストラの前に立つ以前に、指揮者の道を志す厳しさを感じていたことを覚えています。

 

初めてプロの現場に入らせていただいたのはちょうど10年前、2016年から3年間N H K交響楽団のアシスタントとして多くのリハーサルを間近で見させて頂き、オーケストラというものがどう成り立っているのかも様々な側面から教えて頂きました。指揮者としての経験も下積みも全くない自分にそのような貴重な機会を与えて下さったN H K交響楽団の皆様には本当に感謝していますし、そこでの経験がなかったら今の自分はないと言えます。その現場でたくさんの素晴らしい指揮者からも多くのことを学ばせて頂きましたが、それでも齋藤メソッドとして学んだことは常に頭の中の引き出しにあり、自分自身が今指揮者として指揮台の上に立っている際にそれによって助けられていることが幾度となくあると感じています。

 

現在ドイツの劇場に活動の拠点を移し5年目になり、オペラの分野を中心に日々新しい経験を積ませていただいています。まだまだ目の前のことに必死な毎日で自分のことで精一杯ですが、いつかは音楽芸術文化の発展に少しでも寄与できる音楽家になれたらと思っております。そのために、この賞に恥じぬよう一歩一歩これからも精進して参ります。
 

【贈賞式でのスピーチ】

この度、齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞させていただくことになりました、熊倉優と申します。まずは、まだまだ駆け出しである自分の活動に注目してくださり、この賞を与えてくださったソニー音楽財団の皆様、そして選考委員の皆様に心から感謝申し上げます。そしてもちろん、この賞をいただけたのも今までご指導してくださった先生方、色々な現場でご一緒させていただいた皆様、いつもお世話になっているマネジメント、そして何よりも身近で今も温かく見守りながら支えてくれている家族のおかげだと思っています。心より感謝しています。
 

僕が最初に指揮を勉強し始めたのは桐朋学園に入った時でした。そして他の多くの若手指揮者と同じように、齋藤先生との出会いは、僕はもちろん直接お会いしたことはないのですが、「指揮法教程」に書かれていたお名前でした。最初、僕が指揮者を志した時は、漠然とした「指揮者っていいな、かっこいいな」という思いだけで始めたのが正直なところですが、学び始めるにあたってその本に出会った時に、指揮の技術ってこういう風に色んな分類がされていて、こういう風に言語化されていて、なるほどこうやって学ぶことができるのだ、と感動したのを覚えています。ただ同時に、その言語化されたものを自分の中に落とし込んで、実際に自分からアウトプットするということは、僕自身がとても不器用で、もしかしたら不真面目な生徒であったからかもしれませんが苦労しました。実際に人の前、もちろん最初はオーケストラの前に立つチャンスなどはなかなかなく、ピアニストの方にご協力いただいて、その後実際にオーケストラの前に立った時にいろんな苦しみや難しさを味わうのですが、それより以前にこの「指揮法教程」というものが、ある種指揮者を目指すことの厳しさも教えてくれたのを覚えています。
 

他にも齋藤先生のお名前というのは、桐朋学園で学んでいる時から度々耳にし、諸先輩方からちょっとして逸話も聞いたりして、名前を聞くだけで直接お会いしたことないにも関わらず少し身が引き締まるというか、少し恐れ多いというか、そういうお名前だったのですが、今回この賞をいただくにあたって、やはり齋藤先生のことをもう少し知らなくてはいけないなと思い、先生について書かれた本を読んでみました。その中で一つとても心に残ったものがあって、先生がシェーンベルクの「浄夜」について語られた時の言葉で、先生ご自身が伝えたかった本質とはちょっとずれてしまうかもしれないのですが、人間の感情の一番奥底、基礎の部分には苦しみがある、喜びや楽しみは表層の一面に過ぎないといった主旨の言葉を残されていました。私は指揮者として学び始めた当初から、指揮者には自分がなりたかったもので、一歩ずつ歩んで来られてとても幸せな思いではあるんですけど、自分がやりたかったことをやっているからこそ、時には苦しい思いをすることもあります。そういった想いを齋藤先生自身も考えて、感じていらっしゃるんだと思うと、「指揮法教程」だけではなくて、人間として色々なことを教えてくださっているように、その言葉を通して感じました。
 

「指揮法教程」を100%理解できたかは別として、この教程から一度離れ、僕が最初に現場としてお世話になったのはNHK交響楽団のアシスタントとしてでした。その当時はまだプオケロの指揮台に立ったことがなく、オーケストラというものがどのように成り立っているかさえ、正直に言って分かっていませんでした。でもそんな中、全く経験のない僕を温かく迎えてくださって。今でも指揮台に立つたびに温かく迎えてくださっているN響の皆さんには心から感謝しています。その後、実際に様々な現場で指揮台に立つようになった時に色々試行錯誤をして、失敗を体験したり、自分の思い込みかもしれませんがちょっとした成功を体験したりなどもありながらも、最初の数年はとても精一杯いっぱいで、何を覚えているのか覚えていないのかも自分ではわからないぐらいでした。ですが、いざ振り返ってみると、「指揮法教程」で学んだ、もしくはどこか頭の片隅に入っていた色々な齋藤先生の語られた技術が自分を助けてくれたのではないかな、ということがたくさんあります。ですので、「指揮法教程」は恐らく一生忘れず、これからも共に歩んでいくのだなと思っています。
 

今回この賞を頂けて本当に光栄に思っています。まだドイツに拠点を移して5年目ということもありますし、正直に言うとまだまだ自分自身の活動で精一杯なところはあるのですが、これからこの賞に恥じぬように、一歩一歩精進していって、いつかはこの音楽業界の発展に少しでも寄与できるような音楽家になりたいと思っています。この度は、本当にありがとうございました

プロフィール

山澤 慧
山澤 慧

東京藝術大学附属高校、同大学を経て、同大学院修了。大学卒業時に同声会賞受賞、大学院修了時に大学院アカンサス賞受賞。

2012年、第10回ビバホールチェロコンクール第3位、第17回コンセールマロニエ21弦楽器部門第2位。2013年、第2回秋吉台音楽コンクールチェロ部門第1位。 2014年、第11回現代音楽演奏コンクール“競楽XI”第1位、第24回朝日現代音楽賞受賞。

第1回(2013年)宗次エンジェル基金/公益社団法人日本演奏連盟 新進演奏家国内奨学生。

音川健二、藤沢俊樹、河野文昭、西谷牧人、鈴木秀美、山崎伸子の各氏に師事。

2017年には文化庁新進芸術家海外研修員として、フランクフルトにてアンサンブル・モデルンのチェロ奏者、ミヒャエル・カスパー氏のもと研鑽を積んだ。

東京都町田市出身。藝大フィルハーモニア管弦楽団首席チェロ奏者、千葉交響楽団契約首席チェロ奏者。

熊倉 優
熊倉 優

1992年東京生まれ。16歳で作曲を始め、大学入学時より指揮を学ぶ。桐朋学園大学(作曲専攻)卒業後、同研究科修了。指揮を梅田俊明氏、下野竜也氏に師事。第18回東京国際音楽コンクール<指揮>で第3位受賞。

2016年から2019年までNHK交響楽団の首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィ氏、および同団のアシスタントを務め、定期公演などに携わる。2020年、新型コロナの影響による活動休止後に再開されたN響「希望のコンサート」で指揮し注目を集める。2021年よりドイツを拠点とし、ハンブルク州立歌劇場でケント・ナガノ氏のアシスタントを務める傍ら、「魔笛」などを指揮。2023年8月よりハノーファー州立歌劇場第2カペルマイスターに就任、25/26シーズンは、「トゥーランドット」と「イル・トロヴァトーレ」の2つのプレミエの他、「オテッロ」、「ドン・ジョヴァンニ」、「ヘンゼルとグレーテル」、「フィガロの結婚」、「トスカ」を指揮する。