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2023年11月10日

「第13回 国際オーボエコンクール・東京」 レポート

 

5年ぶりの開催が実現したコンクール。
今回の総応募者数は231人(28の国と地域から)という、過去最多の数字を記録した。
この事実ひとつとっても、輝かしい実績を誇る“ビッグ・タイトル”としての価値と、世界の若きオーボエ奏者たちが目標に掲げる期待感の高さが伝わってくる。

応募者の中から予備審査を通過したのが48人。そこから5人の辞退者が出たため、動画審査で行なわれた第1次予選の出場者は43人。その動画はコンクールのウェブサイト上に8月31日から9月11日まで公開され、筆者も大いに楽しんだ。
「今の若い人たち、みんな上手くなったなあ……」と素直に感嘆を覚えながら。

 

動画審査でも問われる「音楽家としての意識レベル」

 

第1次予選の動画審査は今回が初の試みとなる。
課題曲は、後期バロック時代のスタイルを生き生きと伝えるテレマンの幻想曲と、どこか屈折した内面世界を宿し、ピアニストとの対話も重要となるヒンデミットのソナタ。楽器を操る技術の確かさだけでなく、対照的な2作品に向き合う音楽家としての意識レベルまで問われる、演奏時間こそ18分程度だがシビアな予選だ。そして何より、録音された演奏を聴く場合、生のステージより些細なキズの類が目立ちやすいことは、この記事をお読みの方々もご想像がつくと思う。おまけに出場者それぞれが、送られてきた動画の収録会場もバラバラなら、その音響の具合も使用機材も異なる。音色の聴こえ方などにも影響し、演奏の印象すら左右しかねない……。

しかしその辺は、流石に百戦錬磨の審査委員たちである。本選後の講評で委員長のシェレンベルガー氏が「これほどの演奏に順位をつけること自体が本来は意味のないことだが、しかし我々には時間をかけて共有し、つちかってきた判断基準がある」という意味のことを語っていたとおり。
彼らが豊富な経験と音楽的知見に基づき、いわば画面の向こう側にまで眼と耳を運びながら、第2次予選の出場者として15人が選出された。

 

「フェスティバル」さながらに楽しい第2次予選

 

第2次予選の様子(左上から時計回りに レオニードゥ・スルコフ、アンヘル・ルイス・サンチェス=モレノ、アレクサンダー・クリメル、ハビエル・アヤラ、ソン・ヒョンジョン、榎かぐや)

 

第2次予選の舞台は武蔵野市民文化会館の小ホール。上記の15人の中から2人の辞退者が出たため、13人が10月3日、5日、6日の延べ3日間にわたって演奏を披露した。
その全員をホールで耳にして、レベルの高さを心底味わった上で筆者は実感した。もはや楽器が何であるかを問わず、「これほどの“国際コンクール”が日本で開催されていることを誇りに思う」と。

課題曲は〈A/B/C〉のカテゴリーに分かれる(詳細はコンクールのウェブサイトでご確認を)。
Aはバロック時代のレパートリーから、クープランもしくはバッハ。Bは19世紀から現代までに至る作品に幅広い選択肢を与えた、それぞれ方向性の異なるヴィルトゥオーソ・ピース。そしてCはピアノ伴奏で吹く協奏曲。以上の3曲による、正味50分強の“ミニ・リサイタル”にとって、会場のホールは音響的にベストの空間だったと思う。

 

榎かぐや【第2次予選】

 

そこに集う演奏者の顔ぶれは国籍的にも多様なら、既に第一線のオーケストラでポジションを得ている面々まで交じっており、プロフィールを眺めながら下馬評のひとつも語りたくなる(そして原石の輝きをふりまきそうな人も探したくなる)。コンクールというより、若い音楽家によるオーボエ・フェスティバルさながらだ。

これだけレベルが拮抗すると、上記の3曲をどう選択し、いかなる順番で演奏するかという、言葉は悪いが“戦略”的な要素も無視できなかったと思う。3曲を時代順で並べた人もいれば、モーツァルトの協奏曲を最初に持ってきた人もいる。そんな要因で“リサイタル”の印象がけっこう変わるのは、コンクールのウェブサイトで現在公開されている動画でもご確認いただけるとおりだ。

そして協奏曲に関していえば、13人のうちモーツァルト(暗譜という指定)を選んだのが8人、マルティヌーが5人。本選に進んだ6人のうち、モーツァルト選択組が5人を占めたのは面白い事実である。つまり曲順はどうあれ、その演奏が「バロック音楽&モーツァルト&ヴィルトゥオーソ・ピース」という構成だったがゆえ、音楽的個性や解釈の深度を幅広くアピールする上で有利に働いたのかもしれない。バロック音楽の後に20世紀作品が2つ続くよりも、と記すのはいささかうがった見解かもしれないが……。

しかし確かに、暗譜でこなすリスクや、モーツァルトゆえに点数が辛くなること(?)まで承知の上で臨んだ出場者の演奏は、それぞれ感銘を誘うに十分。そしてモーツァルトの協奏曲には全楽章に演奏者が自由に吹くカデンツァがあり、それはテクニックの披露ばかりでなく、個々人のキャラクターを介して聴衆と対話を交わす絶好の場面と化す……。

 

演奏家として果たす「聴衆との対話」

 

第2次予選が終了した直後、悲しいニュースが届いた。
このコンクールの審査委員を長年にわたってつとめ、過去の入賞者をはじめとする多くの後進を育てた名匠モーリス・ブルグの訃報である。
まるでコンクールの円滑な運営を見届けたかのようなタイミングで天国に旅立ったブルグに哀悼と敬意を表すべく、10月8日の本選ではステージ(出場者の番号表示の隣)に彼の遺影が掲げられた。

 

モーリス・ブルグの遺影と審査委員長のハンスイェルク・シェレンベルガー

 

その会場は武蔵野市民文化会館の大ホール。出場を果たしたのは6人。
課題曲がモーツァルトのオーボエ四重奏曲とリヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲という名作中の名作ゆえ、耳に飛び込む音楽は本当に演奏者のすべてを映す鏡となった。
たとえば自分が吹いている曲に「こんな美しさや面白さがある!」というメッセージが、ステージ上の立居振舞まで含めて迫ってくるタイプ。歌の線が描く起承転結に、メリハリのついた感情表現を同居させる意思が前面に出てくるタイプ。細部までコントロールを効かせ、楽譜に記された作曲家の意図を端正に再現することを旨とするタイプ……。

 

レオニードゥ・スルコフ【本選 W.A.モーツァルト:オーボエ四重奏曲】

 

ソン・ヒョンジョン【本選 R.シュトラウス:オーボエ協奏曲】

 

本選の後の講評で審査委員の辻功氏が「ホールという空間の中で演奏し、聴衆と一緒に音楽を作っていくこと」の重要性を語っていたが、それはコンクール全体を通じて鍵となるファクターだったと思う。本選の順位が示すのも音楽家としての優劣ではなく、演奏者と聴衆がひとつの空間で共有し、そして対話を交わした音楽に対する、あくまでも一期一会的な評価にすぎないのだから。

第2次予選・本選を通じて出場者に的確なサポートで応えてくれた音楽家と、コンクールの舞台裏を支えたスタッフの方々に心からの敬意を捧げて、レポートのしめくくりとしたい。そして一言。次の開催が心から待ち遠しい!

 

ラモン・オルテガ・ケロ(オーボエ)、ドワイト・ペリー(オーボエ)、ハンスイェルク・シェレンベルガー(コーラングレ)【入賞者&審査委員コンサート】

 

アンヘル・ルイス・サンチェス=モレノ(オーボエ)、ハンスイェルク・シェレンベルガー(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団【入賞者&審査委員コンサート】

 

写真撮影:Koichi Miura

執筆:木幡一誠(Issay KOHATA)

音楽ライター。1987年より管楽器専門誌「パイパーズ」(2023年4月号で休刊)で取材・執筆にあたり、現在各種音楽媒体のインタビュー記事、CDやコンサートの曲目解説執筆およびレビュー、さらには翻訳と幅広く活動中。

 

「国際オーボエコンクール・東京」について

「国際オーボエコンクール」は、オーボエの素朴でやさしい音色を愛し、オーケストラのクオリティを決定づける楽器としてその重要性を唱えた初代財団理事長 大賀典雄(1930-2011)の発案の下、1985年より公益財団法人ソニー音楽財団が3年毎に開催しています。第13回は新型コロナウイルスの影響で延期とし、2023年に改めて開催しました。
その目的はオーボエの真価を広めると共に、優れた人材の発見、育成に努め、日本及び世界への活躍の場を広げ、国際的な視野をもって音楽文化の発展に寄与することにあります。

当コンクールは世界のオーボエ奏者の登竜門として今や広く世界に認知されるまでとなり、世界で活躍する優秀な人材を輩出しており、世界でも珍しいオーボエに特化した国際コンクールとしての地歩を確固たるものとしています。

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