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ロリン・マゼール 指揮者 1960年、バイロイト音楽祭へのデビューで人々を感嘆させたロリン・マゼールは、すぐさま『彼の世代の生きる伝説』と称されるようになった。それはおそらく、彼がこの著名な音楽祭で指揮をした初めての米国人であったためでもあろうし、またおそらくは、この偉業をなしとげた最年少の指揮者であったためでもあろう。当時彼は弱冠30歳だったのである。
 
 若くして成功を収めたアーティストの多くが、後年も第一線にとどまることは稀である。しかし、マゼールの場合、この時点ですでに25年のキャリアを築いていた。彼は5歳でヴァイオリンと指揮のレッスンを始め、ウラディーミル・バカレニコフに師事し、8歳で大学の学生オーケストラを指揮して公開公演を行っている。9歳から15歳までにすでに彼は米国の主要なオーケストラの殆どすべてを指揮してしまっていた。
 
 今日、マゼールは指揮者仲間の多くから、『正真正銘のナンバーワン』と愛情を込めて呼ばれている。彼はそんな呼び名に恐縮しながらも、どのアーティストにも、その人だけに与えられた個性があり、世に捧げるべき真理がある、と信じている。
 
 ニューヨーク・フィルハーモニックの楽団員および同団の理事会からの熱心な要請を受けて、マゼールは2002年9月、ニューヨーク・フィルの音楽監督に就任した。彼は、ついに頂点に登りつめたのである。
 数々の驚異的な数字が、マゼールの偉大さを物語っている:
・  150のオーケストラと5000のオペラ、コンサートを上演。
・  300を数える、ベートーヴェン、ブラームス、ドビュッシー、マーラー、シューベルト、リヒャルト・シュトラウスの交響曲および管弦楽曲の全曲録音。
・  世界各国の重要な音楽都市や著名な音楽祭の全てに出演。
・  アメリカ音楽への貢献に対して、米国作曲家作詞家出版家協会.(ASCAP)賞を二度受賞。
・  現代の著名な作曲家および新人作曲家による作品の世界初演の数々。
・  ヴァイオリン・ソリストとして何百ものコンサートに出演。
・  数多くの自作曲の自演。
・  ユネスコ、世界自然保護基金、国際赤十字、国連難民高等弁務官事務所のために50以上の機会で数百万ドルの基金を調達。
 しかし、最も重要なことは、彼の音楽創造の質の高さである。クラシック音楽の愛好家たちは、偉大なマエストロとは、トスカニーニのような楽譜への忠実さとヴィクトール・デ・サバタの情熱的なアプローチの両方を具えているべきだと考えている。しかし、ロリン・マゼールの楽曲解釈は、それにとどまらず、再創造の経験ともいえるものであり、楽曲に途方もない生命力をもたらすものである。
 
 彼のコンサートは、東京でも、サンパウロでも、またシドニー、ロンドン、パリ、ミュンヘン、サンティアゴ・ディ・コンポステラでも、常に満席だが、これは驚くに値しないことである。
 
 さらに、重要なこととして忘れてはならないのは、彼は音楽界以外でも数多くの活動を行っており、それらの活動にも誇りをもって取り組んでいる、ということである。
 
 マエストロ・マゼールは環境問題に熱心に取り組んでおり、妻のディートリンデとともに、ヴァージニア州に所有する彼らの土地に3000以上の植物や樹木を植えているほか、世界自然保護基金などの機関のために30以上のコンサートを行っている。
 
 マゼール夫妻はまた、米南北戦争時代の荘園領主の土地に近代的な劇場を建設して、室内楽コンサート、クラシック・ダンス・イベント、読書会、演劇会などを主催しているほか、イツァーク・パールマン、ホセ・カレーラス、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチなどの音楽仲間を呼んでしばしばガラ・コンサートなどを行っている。
 
 ロリン・マゼールはまた、演劇にも関心が高く、オニール、イプセン、チェーホフ、ピランデッロ、ラシーヌ、シェークスピアなどの戯曲の全てを読破している。
 
 彼は、フランス語、ドイツ語、イタリア語を流暢に話し、ポルトガル語、ロシア語、スペイン語にも堪能である。これまでに、フランス、ドイツ、イタリア、ポルトガル、スウェーデンの各国政府はマゼール氏に対し、最高位の勲章を贈っている(レジオン・ド・ヌール、ドイツ連邦功労十字賞、等)
 
 彼の趣味はテニス、水泳、アメリカ絵画および東洋美術の蒐集である。
2004年1月現在
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