SonyMusicFoundation|公益財団法人ソニー音楽財団

齋藤秀雄メモリアル基金賞

第5回 齋藤秀雄メモリアル基金賞

第5回 齋藤秀雄メモリアル基金賞

2006年12月12日 東京で行われた贈賞式
左より堤剛、大賀典雄、大植英次、小澤征爾の各氏

財団法人ソニー音楽芸術振興会(英文名称:Sony Music Foundation)[理事長:大賀 典雄]は、2002年(平成14年)に、若手チェリスト、指揮者を顕彰すべく「齋藤秀雄メモリアル基金賞」を創設しました。
この度、選考委員会において審議の結果、顕彰年の前年(1月1日から12月31日まで)に活躍された指揮者として、第5回(2005年度)受賞者を大植 英次氏に決定しました。尚、チェリストについては今回該当者はおりません。

受賞者

大植英次(指揮)

選考委員

<委員長>
大賀典雄(指揮者・ソニー株式会社相談役・財団法人ソニー音楽芸術振興会理事長)

<委員>
小澤征爾 氏(指揮者)
堤 剛 氏(チェリスト)

●楯
●賞金 500万円

贈賞の言葉

  • 小澤征爾

    大植英次氏への贈賞にあたり
    小澤征爾

    大植英次氏は、齋藤秀雄先生の晩年に、直接指導を受けられた方で、その齋藤先生からの命を受け、私も教えていました。当時私はボストン交響楽団の音楽監督時代、大植氏は齋藤秀雄先生の元で、フレンチホルンを吹いていました。
    たまたま彼を見たバーンスタインも、彼の将来性を私に告げたし、私もそう思っていました。
    そしてまれに見る素晴らしいファイトと技術をもった指揮者となりました。ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー、ミネソタ管弦楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、バルセロナ交響楽団、そしてバイロイト音楽祭など、その後のキャリアは、バーンスタインと私が思った通りの活躍ぶりです。
    これからももっと成長して、僕等の後継者として音楽界を牽引していってくれる人だと信じています。大植氏のますますのご活躍を期待しています。

  • 堤 剛

    大植英次氏への贈賞にあたり
    堤 剛

    大植英次さん、このたびの受賞、心よりお祝い申し上げます。
    大植さんと同じように、小澤先生や私にとっても、齋藤秀雄先生は音楽だけでなく、人間そのもの“音楽人生はこうあるべき、指揮者は、チェリストはこうあるべき”と、いろいろな意味で素晴らしい先生でした。
    大植さんの活動はプロフィールにある通りですが、指揮者としてだけではなく、その音楽を通じて、教育的な側面や、地域的な活動に力をいれていらっしゃる点に特に感心致しますし、スケールの大きさを感じます。私も、これからもどんどん大きくなる方だと思いますし、この賞がまた一つの励みになれば、素晴らしいと思います。
    今回は残念ながらチェリストの該当者はおりませんでしたけれども、最近の日本の若いチェリスト事情は素晴らしいものがあります。ですから、今後は選考に困るような状況になるかも知れません。ご理解の上、今後にご期待下さい。
    最後に、改めて大植さんの今後のご活躍を祈念し、お祝いのことばとさせていただきます。

受賞の言葉

  • 大植英次

    大植英次(指揮)

    齋藤秀雄メモリアル基金賞ありがとうございます。非常に嬉しく思います。

    私は、幸いにも桐朋で齋藤先生に直接ご指導頂く事ができました。
    まだ高校一年生だった私には、齋藤先生はとても近寄り難く怖い先生でしたが、授業を受ける度に強烈な印象を受け、先生から常に何かを学べることに喜びを感じ、勉強の虜になったものです。
    その後、小澤先生、バーンスタイン先生に出会うことが出来、私の指揮者人生にとって非常に貴重な勉強をさせて頂くことになるのですが、齋藤先生の教えの精神は、いつまでも私の永遠の大切な礎であり、その精神があるからこそ今の私があるのだと、そして日本に素晴らしいクラシック音楽界が続いているのだと思います。
    今後もまだまだ勉強し、齋藤先生の教えの精神を次ぎの世代の方々に引き継いでいく所存です。その一環として、今回頂きました賞金は音楽教育の為の何かに充てたいと思っております。専門的な音楽教育だけでなく、まだクラシック音楽に触れる機会が無かった方々(子供達も含め)にも、その機会を得、その楽しさ、素晴らしさを見出して頂けるような音楽活動、地域活動に役立てることが出来ればと思っております。本当にまだまだこれからです。さらに一生懸命勉強し、頑張ります。

    最後になりましたが、Sony Music Foundation、そして授賞に取り組んで下さいました皆様方に感謝と敬意を表し、私の受賞のことばとさせて頂きます。
    この度は、本当に有難うございました。

プロフィール

  • 大植英次(指揮)

    大植英次(指揮)

    1998年10月からドイツのハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー(NDR Radiophilharmonie)の首席指揮者に就任、2000年9月からは、ハノーファー音楽大学のプロフェッサーも務めている。2003年4月からは、故・朝比奈隆の後を継ぎ、大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督、そして2006年9月からは、スペインのバルセロナ交響楽団の音楽監督に就任している。

    1995年から2002年にかけて、アメリカのメジャー・オーケストラの一つ、名門ミネソタ管弦楽団の第9代音楽監督を務め、1997年から2003年にはワイオミング州のグランド・ティートン音楽祭の音楽監督も務めた。2005年夏には、バイロイト音楽祭に出演、「トリスタンとイゾルテ」を指揮し、日本人としては初の大快挙となった。

    1956年広島生まれ、4歳でピアノをはじめた。15歳で桐朋学園に入学し、小澤征爾の師でもある斎藤秀雄に指揮法を師事。

    1978年、小澤征爾の招きでアメリカのタングルウッド・ミュージック・センターで学び、同年ニューイングランド音楽院指揮科に入学、ラリー・リヴィングストンに師事するとともに、クラウディオ・アバド、サー・コリンデイヴィス、クルト・マズアらのマスタークラスにも参加し、アーティスト・ディプロマを獲得した。タングルウッド音楽祭で恩師レナード・バーンスタインと出会い、以後世界各地の公演に同行した。1980年タングルウッド音楽祭クーセヴィツキー賞、1981年ザルツブルク・モーツァルテウム指揮者コンクールでは第1位およびハンス・ハリング・ゴールドメダルを受賞するなど受賞歴も多い。

    1990年から1992年、札幌で開催されたパシフィック・ミュージック・フェスティバルのレジデント・コンダクターを務めた。また、ニューヨーク州のバッファロー・フィルハーモニックの準指揮者を4年間、更にペンシルヴァニア州エリー・フィルハーモニックの音楽監督を5年間務めた。エリー・フィルハーモニックでは、飛躍的にオーケストラの実力を向上させる一方、活発な地域活動を行い、「ミラクル・オーケストラ・ビルダー」と全米で評価され、エリーの街には「エイジ・オオウエ通り」が設けられ、彼の誕生日は市の休日に制定されている。

    1995年から、ミネソタ管弦楽団の音楽監督に大抜擢され、小澤征爾がサンフランシスコ交響楽団の音楽監督に就任して以来の快挙として、大きな注目を集める。ドイツ音楽やスラブ音楽を中心に、幅広いレパートリーを定期演奏会で取り上げ絶賛される一方で、地元ミネソタでの地域活動に専念し、多くの音楽ファンや市民から愛された。1998年には同オーケストラ初のヨーロッパ・ツアーと日本ツアーを行い、驚異的な大成功を収めた。2000年11月には再度ヨーロッパ・ツアーを行い、ウィーン、ベルリンをはじめ主要都市で公演を行い、更に高い評価を得ている。

    1998年からは、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーの首席指揮者を務めており、定期演奏会は常にソールド・アウトでキャンセルのウェイティング・リストができるほどの好評を博している。2004年、2006年には日本ツアーを行うほか、ドイツ国内はもとより国外へのツアーも多く、各地で絶賛を博している。また、ヨーロッパでのドイツ音楽の解釈および演奏の評価は非常に高く、特筆に価する。一方で2001年より、ハノーファーにて「音楽の日」と称し、街を上げての音楽の一大イヴェントもはじめるなど、音楽普及・教育活動にも力を注いでいる。

    2003年からは、大阪フィルハーモニー交響楽団の第2代音楽監督を務め、定期演奏会をザ・シンフォニーホールに移し、同プログラム2公演制にした。サン=サーンス「サムソンとデリラ」やプッチーニ「トスカ」など、オペラのコンサート形式も取り入れるなど、幅広いレパートリーで着実にオーケストラとの関係を深め、音楽的成果をあげている。
    その新たな時代を創ろうとする意欲と成果が、高い評価と絶大な人気を博している。また、地元の学校などへの地域
    活動も非常に熱心に行い、大阪の人々から幅広く愛される存在となっている。2006年からは、新たに大阪城西ノ丸庭園での野外コンサート(約1万人集客)、大阪市のメインストリートともいえる御堂筋で、朝から晩まで音楽があふれる一週間 「大阪クラシック」のプロデュース(約2万2千人集客)など、音楽普及への情熱を次々と実現させている。

    大植英次は世界各地の一流オーケストラから客演指揮に招かれ、アメリカでは、ニューヨーク・フィル、シカゴ響、フィラデルフィア管、ロサンジェルス・フィル、セントルイス響など、ヨーロッパでは、ミュンヘン・フィル、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、ハンブルク北ドイツ放響、フランクフルト放響、ケルン放響、シュトゥットガルト放響、ローマ・サンタ・チェチーリア管、スウェーデン放響など、多くの世界的オーケストラを指揮しており、今後も多くの予定がある。日本では、NHK交響楽団、読売日本交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団に登場し、高い評価を得ている。

    レコーディングは、米国リファレンス・レコードより、ミネソタ管弦楽団との12枚のCDがリリースされ、国際的評価を得た。1996年「ストラヴィンスキー:『火の鳥』」と1997年「展覧会の絵」が2年連続でグラミー賞ノミネートされ、2004年にはミネソタ在住の作曲家、アージェントの作品集「グイーディの館」でグラミー賞(Classical Contemporary Composition)を受賞した。また、ユニバーサル・ミュージックより、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーの定期演奏会を録音した「ベートーヴェン:付随音楽『エグモント』」と「1812年〜華麗なるオーケストラ名曲集」がリリース。 最新盤は、ヒラリー・ハーンをソリストとした協奏曲集で(スウェーデン放響)、ドイツ・グラモフォンからリリースされた。
    さらにフォンテックからは、大阪フィルとのライヴ録音シリーズ「エイジ オブ エイジ」が定期的にリリースされている。
    (2006年10月現在)